2017/03/14

これぞグローバル人材!日産会長カルロス・ゴーンのキャリアを辿る

 
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「日本で活躍する外国人経営者と言えば?」と質問された時、日産のカルロス・ゴーンを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。

 

 

カルロス・ゴーンは、日産だけでなく、フランスの自動車会社ルノー、最近では三菱自動車のトップも務めるカリスマ経営者です。

※この記事を書いた翌日の2017年2月23日、カルロス・ゴーンの日産社長からの退任が報じられました(ロイター通信|日産、ゴーン氏が社長退任)

資本提携先のルノーから入社して、破綻寸前だった日産を再生された救世主として高い人気を持つゴーンですが、日産に来る前の彼がどんな経歴をたどってきたか知っていますか?

フランスから来たからフランス人?と思うかもしれませんが、フランス・レバノン・ブラジルの多重国籍を保有しています。

経歴をたどるとその異色さが際立ちます。

彼のルーツを、カルロス・ゴーン+フィリップ・リエス著「カルロス・ゴーン経営を語る」をもとに辿ってみましょう。

ゆくゆくはグローバルに働いてみたいと考えている人は、是非ゴーンをロールモデルにしてみてください。

 

ブラジルで誕生~レバノンで育つ

 

ゴーンは、祖父が移住したブラジルのポルト・ベーリョにてレバノン人の両親の長男として誕生しました。

レバノン人は20世紀に多くの人が祖国から出て、移民として活躍しています。例えば、ブラジルでは、閣僚の半数がレバノン出身もしくはレバノンの関係者と言われています。

その後、不衛生な水で病気になってしまったため、ゴーンはレバノンのベイルートで少年時代を過ごします。

当時のレバノンは内戦もなく、ゴーンはイエズス会系の学校で多種多様な文化を持つ人々と共に育ちました。

 

ゴーンの通ったコレージュ・ノートダムの学長は、ジャン・ダルメというスウェーデン人神父だった。

教師たちの多くはフランス人で、なかにはレバノン人やエジプト人もいた。

「つまりイエズス会は、世界初の多国籍企業だったのです」

(カルロス・ゴーン+フィリップ・リエス|カルロス・ゴーン経営を語る)


 

フランスでの学生時代~ミシュランに入社

高等教育を受けるにあたり、ゴーンはフランス・パリのグラン・セゴール(フランス独自のエリート養成機関)に進学します。

 

大学の博士課程に進むつもりで就職する気がなかった彼のもとに、姉から連絡先を聞いたフランスのタイヤ会社、ミシュランからリクルートの電話が入ります。

この電話が、彼の企業人としての人生をスタートさせる契機になったのです。

 

ミシュランに入社~驚異のスピード出世

ミシュランというと、「三ツ星レストラン」を掲載するミシュランガイドブックが有名ですが、ブリヂストン、グッドイヤーと並ぶ世界三大タイヤメーカーの一つです。

ゴーンはミシュランに入社後、めきめきと頭角を現し、わずか27歳でフランス、ル・ピュイの工場長として抜擢されます。

30歳の時に産業タイヤ部門の研究開発のヘッドを務めたのち、31歳でミシュラン南米部門の最高執行責任者(COO)としてブラジルに飛びます。

その後、アメリカのサウスカロライナ州にある北米事業部でCEOとして活躍します。

 

ルノーにヘッドハンティング~日産へ

その後、ゴーンはフランスの自動車会社ルノーからヘッドハンティングを受け入社します。

当時赤字続きだったルノーを数年で黒字転換したことで注目を集めました。

そして、ルノーが日産と資本提携を結んだことで、最高執行責任者として日産に入社。

日本にその名を轟かすことになるのです。

 

まとめ

LCC(格安航空会社)を使えば破格の値段で世界を飛び回ることができ、スマホ一つあればどこでも仕事ができる時代です。

これからますます、個人が世界を飛び回って活躍する機会は増えていきます。

カルロス・ゴーンのキャリアは、これからの時代を生きていく人の指針になること間違いなしです。

ぜひあなたもゴーンを通して、グローバルに活躍する自分をイメージしてみましょう!

 

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