ミステリアスな「モード界の帝王」|ジョルジオ・アルマーニの経歴

 
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「Armani アルマーニ」というブランドを知らない人はいないでしょう。

アパレルを中心に、化粧品・リゾート開発、高級レストランなど多角的に展開している世界的高級ブランドです。

このブランドの創始者が、ジョルジオ・アルマーニです。

イタリアを代表するファッションデザイナーとして君臨し、経営者としてもジョルジオ・アルマーニ株式会社を率いる「モード界の帝王」です。

アルマーニ―の洗練されたデザインは、ハリウッドでも絶大な支持を得ています。

リチャード・ギアやジョージ・クルーニー、トム・クルーズにレオナルド・ディカプリオ、ジュリア・ロバーツやジョディ・フォスターもアルマーニに惚れ込み、愛用しています。

今回は、ジョルジオ・アルマーニの評伝「ジョルジオ アルマーニ 帝王の美学」より、ジョルジオ・アルマーニの経歴をたどります。

 

 

医者を志す

アルマーニは3人兄妹の次男としてイタリアで生まれました。

当時のイタリアは、第二次世界大戦直後で国全体が貧しさに苦しんでいました。

幼少時代のアルマーニは、兄が爆発に巻き込まれてしまったり、かつて父親がファシスト党で働いていたことから、不良に絡まれたりと辛い経験をしながらミラノで育ちました。

やがてアルマーニは、国立ミラノ医学部に通い、医学の道を志すようになります。

しかし、段々と医者に向いていないことを自覚していったアルマーニは、三年生の時、退学を決意します。

その後、兵役に就いていた時に、百貨店に採用され、ファッションの道を歩み始めることになるのです。

 

百貨店に就職~デザイナーとして活躍

百貨店に就職したアルマーニは、装飾やファッション、紳士服について学びました。

そして、百貨店での仕事が評価され、今度は”スティリスタ(ファッションデザイナー)”という言葉を最初に使いだしたデザイナー、ニコ・セルッティに引き抜かれます。

セルッティの教えを受けて、アルマーニはプロとしての腕を磨いていきます。

 

運命の出会い~ジョルジオ・アルマーニ株式会社設立

ニコ・セルッティのもとで働くことにデザイナーとしての限界を感じ、転職を考えていた頃に、アルマーニは運命の出会いを果たします。

セルジオ・ガオレッティと出会いです。

1年がかりでガオレッティに口説き落とされたアルマーニは独立し、二人でジョルジオ・アルマーニ株式会社を設立します。

当時41歳、安定した地位を捨てての一大決心でした。

 

アメリカ進出~モード界の帝王へ

アルマーニ社は、アルマーニ―の洗練されたデザインと、ガオレッティの揺るぎない経営方針が合わさり急成長していきました。

有名なハリウッドスター達がアルマーニの服を着るようになり、映画「アメリカン・ジゴロ」の衣装としてアルマーニが採用されます。

 

 

この映画で、アルマーニファッションに身を包んだ主演のリチャード・ギアは、80年代を代表する有名俳優になっていきました。

アメリカでも大成功を収めたジョルジオ・アルマーニは、最高のデザイナーとしてタイムズ誌の表紙を飾ります。

こうして、アルマーニは「モードの帝王」としての地位を不動のものにしていったのです。

 

まとめ

街に出てみると、ブランド品が溢れています。

「どれも同じものじゃん!」と感じる人もいるでしょう。

しかし、歴史あるブランドにはそれぞれのストーリーがあり、デザイナーたちの考えや思いがこもっています。

今度、アルマーニの商品を手に取った時には、ジョルジオ・アルマーニの経歴にも思いを馳せてみてください。

 

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